新入社員の頃は貧乏だった
新入社員の頃、とにかく金がなかった。給料日後3日でほとんど使い果たしてしまうから、月の後半は飯を食うことすらできない状態になる。僕はもともと朝飯も昼飯も食わないで生きていたので、そのあたりはあまり苦には成らなかったのだけれど、まわりのみんなが飯を食っているのに僕だけ食っていないという状況に奇異の目を向けられることが恥ずかしかった。
ある日の昼休憩、いつものように昼飯も食わずにダラダラしていると会社のえらい人が通りかかった。
「飯も食わずに何してんだ」
金がないんですと正直に言うと、おごってやるよと豚カツ屋に連れてってくれた。第一印象は重要というが、こうなると僕はその人にとって一生「金がないやつ」になる。それから頻繁に呼び出されるようになった。
その人にはいきつけのスナックがあって、そこは僕が当時住んでいた場所から自転車でなんとかいける程度の距離にあった。電話がかかってくるのはだいたい夜の11時頃だ。
「飯食わせてやるから今から来い」
自転車でそのスナックへ向かうとだいたいママとその人が2人でいる。かなり酔っていることが多い。
「オリジン弁当でてきとうに飯買ってこい」
と言って3千円をくれる。僕はその3千円を握りしめ、おにぎりやから揚げを買うのだ。そして余ったお金は懐にしまう。
夜中の3時頃になるとその人はカウンターに突っ伏して寝てしまう。そうなったら僕はタクシーを呼んで、その人を乗せて帰らせる。僕は自転車で帰る。朝の4時頃になっているので3時間ほど寝て会社に行く。そんなことが週に2~3回。だから新入社員の頃はいつも寝不足だった。
ある日、いつものように夜中に呼び出された。しかしその日は雨が降っていた。自転車でいくのは大変だなと思っていたら、その人はタクシーで来いと言う。タクシー代は出してやると。僕は言われたとおりタクシーでスナックまでむかった。
2000円ほどのタクシー代を払うと僕の残金は200円しかなかった。着いたらやはりその人は酩酊しており、「おう、よく来た。どうせ飯食ってないんだろ。オリジンで買ってこい」とまたいつものようにお金をもらう。そしてお釣りの1000円を拝借した。数時間後、カウンターで眠りだしたその人をタクシーに乗せて帰らせる。
しかしここで困ったことになった。結局、酔っぱらったその人からタクシー代はもらえなかった。さっき拝借したお釣りと持ち金をあわせても1000円と少し。おそらく2000円はかかる。歩いて帰るのは少々厳しい。
考えた結果、有り金でいけるところまで行ってもらい、あとは歩いて帰ることにした。タクシーをひろい、運転手さんには正直に所持金を伝え、その金額以内で行けるところまで行ってほしいとお願いする。
どこまで行けるのかドキドキしながらメーターを見つめていると、さすが深夜料金、あっという間に1000円を超えてしまった。
「もうこの辺でだいじょうぶです」
と伝え、所持金全てを支払いタクシーをおりる。家までの道のりはあと2kmほどだろうか。午前4時に2kmを歩く。財布の中はすっからかんだ。なんて格好の悪いことをしているのだろう。22歳の頃のわたし。これを機に少し貯金をしようと誓った。
給料をもらったその日に使うという武勇伝のようなものを語る先輩がいるかもしれないが、そんなものは一つも格好良くないのだ。ご利用は計画的に。
ではまた。