主に浅草で食べたものを記録していくよ

優柔不断な無職がかわいい猫についてや、食べたものについて書いています。


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幸せな会社員生活

前に勤めていた会社の後輩と酒を飲む機会があった。

ビールで乾杯をするとすぐ、後輩は唐突に「先輩に謝ろうと思ってたんですよ」と言う。なんだい、藪から棒に。

 

「僕、先輩が会社辞めるって言ったときに必死にとめたじゃないですか」

 

ああ、わざわざ電話くれたね。

 

「すいません!知らなかったんです!」

 

どういうこと?

 

「会社がこんなに地獄だとは知らなかったんです」

 

ああ、なるほど。後輩は僕が辞めた直後に僕のいた部署に異動になったのだ。それで僕が退職した理由を思い知ったということらしい。後輩はいま地獄のような日々を送っていると切々と語ってくれた。 

 

「いまとなってはあいつがうらやましいです」

 

と後輩は最後に言った。あいつってあいつか。

僕たちにとってのあいつはただ一人。

 

それは3年ほど前のこと。僕と後輩が同じ部署だった頃、ひとりの新人が配属されてやってきた。そいつは良くいえば真面目で、悪く言えば融通の利かないやつだった。そしていわゆる意識の高いやつで、ビジネス書をデスクに並べていて、将来は起業したいと言っていた。当時の僕はまだ後輩を育てようなんていう気持ちは微塵もなく、その新人の教育は後輩に任せきり。自分の仕事で手いっぱいだった。

 

新人がやってきて3ヶ月ほど経った頃、僕はマネージャーから呼び出された。そして、「新人のOJTとして、今の仕事を新人にまわしながら教育してやってくれないか。おまえも仕事きつそうだし、新人が早く戦力になれば仕事もスムーズにまわるだろう」と言われた。

上司の言ってることは分かるし、将来的にはやらなければならないことだというのも理解できる。しかし当時の僕は自分の仕事で常にテンパッており、新人に仕事を教えながら回す余裕はなかった。仕方なく、後輩をサポートにつけてもらえるならという条件で新人の教育をすることになった。

 

その日から新人と仕事をすることになった。後輩も自分の業務で忙しいのに手伝ってくれた。ただでさえ月に100時間以上あった残業時間がさらに増えたし、溢れた仕事は休日出勤で埋め合わせなければならなかった。

 

ある日またマネージャーから呼び出された。「新人から訴えがあってね」と言う。どういうことですか?と尋ねると、どうやら新人は僕の指導に不満があるらしかった。曰く、もっと責任のある仕事をしたいそうで、サポートに後輩がついていることも自分がいるのになぜという気持ちを持っているらしい。

 

心当たりがないわけでもなかった。新人に教えながら進めたいという気持ちはあったが、余裕がなくなるとどうしても急ぎの仕事は自分でやってしまうか、ある程度仕事の分かっている後輩にふってしまうから、新人には事務的な仕事をお願いすることになる。それが新人として納得いかなかったということだろう。

 

「心当たりがあるなら新人と話し合ってくれないか」と言われ(上司の指示としてはどうかと思うが)、新人と話す機会を作った。

 

「僕はもっと会社に役立つ仕事がしたいんです!」

 

と語る新人を当時の僕は適切な状況に導く能力はなかった。結局、彼は自らの意思で別の部署へ異動していってしまった。そして彼は行く先々の部署で同じような状況を引き起こし、部署を転々とした結果いわゆる窓際部署に配属になった。そこは売上を作る部署ではなく、会社にとっての体裁を整えるだけの部署で、はっきりと言えば無くてもいいようなところである。仕事もあまりなく、唯一のおじいちゃん社員が毎日定時で帰っていく部署だった。

 

そんな彼のことを当時の僕と後輩は憐れみの目で見ていた。周囲の状況を理解せず、自分のやりたいことだけを主張し、そして窓際部署へ異動して碌に仕事も与えられない。落ちこぼれだと思った。

しかし彼はそこで思いのほか楽しそうに仕事をしていた。特に仕事のない部署、いるだけの上司、売上ノルマがあるわけでもないから、損失さえ出さなければ何をしてもいいという状況は彼の望むところだったのかもしれない。目立った何かをしているわけではなかったが、彼は自分で仕事を生み出しているようだった。定時で帰れるからビジネスセミナーにも通えるし、起業の準備をはじめているらしい。

 

そんな彼のことを後輩はいまになって「うらやましい」と言う。正直な話だ。あの時、自分の主張ばかり繰り返し、空気の読めなかった新人が、結局居心地のよい場所を獲得して将来の準備を進めている。空気を読んだ後輩は会社にとって重要な部署にはいるが地獄のような忙しさで休む暇もない。

 

「会社は地獄なんですけど、辞めたら食ってく自信ないんすよね」

 

と後輩は言った。空気を読む人間は臆病だからね、と僕は言った。