ドッチツカズ

優柔不断な無職がかわいい猫についてや、食べたものについて書いています。


スポンサーリンク



葬儀で思ったことや父親のこと

妻の祖父が亡くなって人生でほとんど初めて身内としてのお葬式に行くという体験をした。当たり前なんだけれど、とても宗教的だった。そして人の死についてちゃんと考えるきっかけとなったので備忘録として書きとめておこうと思う。めちゃくちゃ長いです。

 

訃報

祖父が亡くなったと連絡があったのはクリスマスの夜だった。電話を切った妻は泣いていた。妻の実家は新幹線にのる程度には距離があり、今すぐ帰ることは不可能だから明日の朝一番で帰ることにして、その日はそのまま眠った。僕は泣いている妻に上手な言葉がかけられなかった。

 

翌朝、僕は翌日の通夜に間に合うように向かうことにして、妻だけが先に実家に向かった。相変わらず妻の顔は沈んでいた。

 

そして翌日、もろもろの予定とお留守番をしてもらう猫のご飯を用意して済ませる。忘年会の予定はキャンセル。ネットで夜に着く新幹線を予約し、喪服に着替えて駅に向かった。

 

通夜前

乗り換えを含めて4時間ほど電車に揺られて到着。迎えに来てくれていた妻は思っていたよりは元気そうだった。そのまま斎場へ。

 

会場には義両親をはじめ、妻の親戚の方々がすでに集まっていた。ひとりひとりに挨拶をする。正直なところ、ほとんどの人が初対面で誰がどういった関係なのかさっぱり分からなかったが、向こうとしても僕が誰なのかはあまり興味はないだろう。

 

会場の入口にはいくつかのイラストと祖父の写真が飾られていた。最近は棺桶の中に入れるものもいろいろと制限があるらしく、妻や従妹たち、祖父にとっては孫にあたるメンバーで祖父の好きなものを絵にしたらしい。それを棺桶に入れるとのことだった。

 

かわいらしいタッチでお菓子やうどんなどの好きな食べ物や、時代劇、相撲など、祖父がよく見ていたTV番組などもイラストになっていた。

 

「よく描けているでしょう」と妻は笑った。笑顔が見れた少しほっとした。

 

親族控室も悲壮な雰囲気ではなくて、意外なほど明るかった。もちろん悲しみはあるのだろうけれど、その中で気持ちに折り合いをつけているのだなと感じた。

 

通夜

浄土真宗にもいろいろ宗派があるらしい。知らなかった。今回の通夜はお東という作法でやるらしい。立派な祭壇にはたくさんのお菓子が置かれていた。これが一般的なことなのか、この地域のやり方なのかはわからない。

司会の方が厳かな雰囲気で式次第を説明する。祖父の簡単な経歴などが語られるのだが、内容としては祖母との結婚や仕事をがんばったなどの話で、家族はそれを心の支えにしていたといったものだった。そういうものなのだと思うが、なんというか、人の気持ちまで定型文にあてはめられているような気持ちになって違和感があった。そんなこと気にしてもしょうがないんだけど。

 

お経が書かれた冊子が配れれて、お坊さんがやってきた。祖父の家は決まったお寺があるらしく、お坊さんはそこの住職さんである。ソフトモヒカンで口ひげ、あごひげを蓄え、少し浅黒い。ある意味で想像するお坊さんではあった。

お経が終わり、説教がはじまった。

 

説教

どうやらお話好きのお坊さんのようで、かなり長時間お話されていた。いくつかの話の中で印象深かったものは葬式における作法のことだった。

 

「葬式から帰ってお清めの塩をかける」という行為は故人を悪霊のように扱っているのではないかと疑問を呈されていた。他にも「葬式から帰る際は、来たときと道を変える」という行動も故人がついてこれないようにしている。亡くなった人は仏になるのであり、なぜ追い払う必要があるのか。ということらしい。霊感商法はこれを利用しているものがほとんどであり、亡くなった人は悪いものではないのであると説いていた。

 

他には「お墓参りでお花を供えるが、なぜ花を外側に向けるのか。亡くなった方に備えるのであれば、墓に向けて供えるべきではないのか」といった話や、「亡くなった方が好きだった食べ物を供える人がいるが、それはこちらの勝手な考え方なんじゃないか」といった話をされていた。

 

全体的に、いわゆる常識とされている作法に対してもっとちゃんと考えよという内容であり、また浄土真宗を興した親鸞は他の仏教とは違っているという説明だった。

 

なんというか、宗教だなと感じた。すごく頭悪い感想で申し訳ないのだが、そう思った。すごく宗教だ。いままでこんなに宗教のことを考えたことがなかったが、お経を唱えれば救われるとか、お坊さんを呼んで成仏させてもらうとか、当たり前なんだけど宗教なんだ。この場にだってめちゃくちゃ信心深い人はあまりいないのだろうけれど、それが儀式であり、ちゃんとやることで亡くなった祖父に対しての感謝とか敬意とか、もっといえば参列してくれる人への見栄えとか、そういうものを伝える手段としてもひっくるめて宗教なんだなと思った。

 

通夜後の食事

通夜が終わってから、親戚のみでの食事会となった。すみっこで静かにしていようと思ったのだけれど、田舎の作法なのかめちゃくちゃにビールをついでくる。いろいろな方が入れ替わり立ち替わり、僕の席まできてくれてビールをついでくる。

 

祖母がきたときは「グラスをあけてください」といわれ、一気飲みを2回ほどさせられた。しかも祖母のビールの注ぎ方がえらく粗くて、完全に泡がこぼれる勢いで入れるから、なんだか笑うしかなかった。長年連れ添った旦那を失った悲しみも見て取れたし、遠くからきた僕に対しての申し訳なさとか、もてなしたいという気持ちとかいろいろあったのだろうと思う。

 

全然知らない親戚の方には自己紹介をしながら話をするのだけれど、方言があまりわからないので半分くらい何を言っているのかわからなかった。それでもなんとか会話は成り立つものだということを知る。

結局、お互い話を聞いていないのである。何か質問されたことに対して、おおまかにYesかNoを伝えると、次はもう別の話になっているのだ。要はこちらの返事なんて関係ないのである。話したいことを話していればそれでいいのだ。噛み合う必要なんてなくて、コミュニケーションにはちゃんとなっている。そういう学びがあった。

 

会場には棺桶にはいった祖父もいて、妻や従妹たちは笑顔で祖父に話しかけていた。彼女たちが描いたイラストの中に地元の名産品などもあったので、「この絵はなんでしょう」とクイズを出されたりして、少し盛り上がった。

 

義実家に戻ってから

母親から突然LINEがはいった。いまひとりでいるということを伝えると、電話がかかってきた。父親が肺がんを患ったらしく、急遽入院することになったようだ。それも性質の悪いほうの肺がんらしく、母親は父が急に死んでしまうんじゃないかと不安になって僕に電話をしてきたらしい。こういうことは続くというけれど、急に死が身近になってきた。このことについては僕も勉強しなければいけないので別に書こうと思う。

 

葬式

翌日は朝から葬式だった。御仏前と書いた香典を渡す。この御仏前の香典袋はその土地特有のものがあるらしく、東京で買っていったのだけれど使うことができず入れ直すことになった。いろいろと作法があるものだ。

昨日と同じお坊さんがきて、お経を唱える。このあと祖父は火葬される。妻や妻の兄妹、従妹たちは泣いていた。祖父の死を受け入れていることは昨夜の様子などからわかっていたが、それと悲しみはまた別なのだなと思った。

 

このときのお経はお坊さんが三人いた。通夜のときは二人だったのだが、この三人目はお鈴っていうのかな、あのチーンとなるやつを鳴らす役目だった。小さいチーンと大きいチーンがあって、それをリズミカルに鳴らす。三人の役目はちゃんと決まっていて、音楽ライブのようにそれぞれがちゃんとタイミングを見てお経とチーンを奏でる。さらに司会の人もお経が終わったタイミングに間髪入れず、「ではご焼香をどうぞ」と入れる。すごく機械的だなと思った。

 

火葬

火葬場へ移動する。祖父の胸あたりはイラストで埋め尽くされていて、それを見て妻たちは吹き出していた。

「なんでうどんの絵が一番上にきてるの!」

「恥ずかしいわー」

などと口々に言いながら。泣き笑い。

 

葬儀場の人から「それでは最後の別れです」というアナウンスがあり、祖父は火葬炉に入っていった。みんなが泣いていた。

 

たった1時間で火葬は終わるらしい。1時間半後にまた火葬場にいくと、祖父は骨だけになっていた。1000度の高温で焼かれ、肉体が燃え尽きた時点で取り出すという仕組みらしいのだけれど、とても不思議に感じる。燃えたらなくなるのは理解できる。そこに死が絡むと途端に宗教的だ。肉体はどこにいってしまうのだろう、なんてありきたりなことを考える。いや、燃えたんだよと言われりゃそれまでなんだけど。

 

お坊さんが「お箸を使わずに手で拾ってもいいよ」という。みんなが骨を手で拾い、壺におさめていく。壺は素焼きでできていると説明があった。なぜか。壊れることを前提に作っているからだといっていた。自然に返すときがくるということだろうか。

 

祖父のつけていたペースメーカーやネジが燃え残っていた。そういった人工的なもの、というか骨以外のものは壺に入れてはいけない。間違えて入れてしまったものは、係の方が取り除くという作業をしていた。

 

壺の中に骨がある程度はいると、箸でゴリゴリと骨を砕いていく。そうしないとすべて入りきらないのだ。理屈は分かる。だけれど、なんだろう、仕方ないからそういう仕組みにしようという過去があったのだろうか。

 

最後に頭の骨を入れて、蓋をする。

 

初七日

葬儀はまだ続く。初七日という亡くなった日から七日後におこなう儀式を、当日にまとめてやってしまうということらしい。またお坊さんのお経があり、焼香をする。焼香をする際にお香代としていくらか気持ちの金額を支払う。100円でいいといわれたのでそうしたのだが、より近い親族はもう少し高い金額を払っていた。

このときのお経は通夜や葬式のときよりもスピードが速かった。ものすごく早口なのである。お坊さんは二人。早口なのでところどころ噛むのだが、それを2人で補助しあっているというか、途切れる瞬間がないようにどちらかは唱え続けているという状況をつくっていた。すごくおもしろいなと思った。もしかしたら二人は同じお経を別々に唱えていたのかもしれない。ともあれ、これはもはやシステムだなと思う。これが儀式なのだ。

 

葬儀の終わり

初七日が終わると葬儀の全工程が終了となる。香典返しは祭壇に飾られていたお菓子の詰め合わせと花だ。

妻たちはなんとなくほっとした表情をしていた。やはり葬儀というものが一区切りとなって気持ちの整理ができるのだろう。これだけ盛大にやったのだから、亡き祖父も喜んでいるだろうと感じられる。

 

自分が死んだ側の立場になったらと想像する。死んだ自分のためにあまりお金を使ってほしくないと思う。いま流行りのインスタント葬儀みたいなものを自分で手配してから死にたいと思ってしまう。しかし残された側というのはそういうものではないのかもしれない。そんなことを考えた。終活の意味も少しだけわかるようになった気がする。

 

僕はひとりで東京に戻った。おばあちゃんには「またきてね」と言ってもらえたので、「またきます」と言った。

 

帰りの新幹線で癌になったという父親のことを考えた。父親が死んだときに僕はどうやって気持ちに折り合いをつけるのだろう。考えたけれどよくわからなかった。葬式はどうしようか。いやまだ死んでないよ。でも死んでからじゃ遅いでしょう。じゃあいつ考えりゃいいんだ。こういうときにやはり宗教が必要なのかもしれない。何かに導いてほしい。そんなことを考えた。